雑種形成を介した適応放散の理論
概要
単一の祖先から多様な生態を持つたくさんの生物種が急速に進化する現象は「適応放散」と呼ばれ、その仕組みを解明することは進化生物学の重要な課題です。適応放散を説明しうる仮説として、別種の生物どうしが交雑する「雑種形成」が遺伝的多様性を生み出すことで適応放散を促進するという説が近年注目を集めています。しかし、元々は別々の生物種どうしを融合させる雑種形成が、逆に種を多様化させるという主張は直観に反するようにも感じられます。そこで、進化シミュレーションという手法を用いてこの仮説の妥当性と成立条件を理論的に研究しました。研究結果は、雑種形成が適応放散を促進しうるという仮説を支持すると共に、雑種形成が適応放散を促進するかどうかは環境条件や雑種形成へと至る歴史的経緯に依存して決まることを示唆しました。
論文:https://doi.org/10.1111/ele.12891
プレスリリース:https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00612.html
詳細な説明
種の爆発的な多様化を可能にした遺伝的多様性はどこから来たのか?
進化には遺伝的多様性が不可欠です。様々な遺伝子配列を持った個体がいる中で、生存に「有利な」遺伝子配列を持つ個体が高確率で生き延びる結果、生物集団内の遺伝子配列の組成が徐々に変化し、集団全体で形質が変化(進化)してゆきます。では、遺伝子配列のバリエーションはいかにして生じるのでしょうか?最も基本的な仕組みは稀に起きる「突然変異」による遺伝子配列の変化です。突然変異によるバリエーションの創出と自然選択が組み合わさることで生物はゆっくりと進化してゆくと考えられています。
しかし、実際の進化はしばしば急速に進みます。例えば、アフリカ・ヴィクトリア湖で起きたシクリッド科魚類の「適応放散」(※単一系統内で多様な生態を持つ多くの種が急速に進化する現象)では、単一の祖先から500種以上もの新種が約1万5千年の期間で進化したと言われています。それぞれの種は異なる餌(水草、魚、昆虫、プランクトン、巻貝など)に合わせて特殊化した様々な形態の顎や歯を持ち、体色と模様も赤,青,黄,黒,縦縞,横縞と千差万別です。このような急速かつ大規模な進化が起きるためには巨大な遺伝的多様性が急速に生み出される必要があったと考えられます。突然変異による進化だけでシクリッド科魚類の適応放散のような事例を説明するのは難しいように感じられます。
雑種形成が遺伝的多様性を生み出して適応放散を促進する?
この問題に答えうる仮説として「雑種形成」が遺伝的多様性を生み出すことで適応放散を促進するという説が注目を集めています。別々に進化してきた2種の生物が交雑(雑種形成)すると、2種に由来する遺伝子が様々に組み合わさったゲノムを持つ雑種個体が生み出されます。過去にない遺伝子の組み合わせを持つ雑種は多様な新規表現型を持つ可能性があります。そのような新規表現型が多様な環境への急速な適応放散を促進するというのが仮説の主張です。この仮説は、適応放散を可能にした高い遺伝的多様性が短期間で生じた仕組みを説明できる点で非常に魅力的です。しかし、過去の実証研究の結果は雑種形成がいつも適応放散を促進する訳ではない事を示唆します。すなわち、雑種形成が適応放散を促進したとみられる事例が見出されている一方で、雑種形成が種の融合や種の絶滅を導いて種数の減少に繋がった例も複数報告されています。したがって、雑種形成が適応放散を促進するという仮説の妥当性は明らかではありませんでした。
雑種形成を介した適応放散のシミュレーション
そこで、雑種形成が適応放散を促進するという仮説の妥当性と成立条件の解明を目指して理論研究を行いました。研究には、コンピューターの中に再現した仮想生物の進化をシミュレーションする個体ベース・モデルという手法を用いました。仮想生物を用いて進化の実験を繰り返し行うことで、現実の生物にも適用できる進化の一般法則を見出すことが研究の狙いです。一定の期間別々に進化した2系統の雑種形成が導く進化をシミュレーションした結果、雑種形成が短期間での適応放散を導きうることが確認されました。雑種形成が起きる場合と起きない場合のシミュレーションを比較した結果、新環境への侵入に際して全く新しい形質の進化が必要な場合には、雑種形成が創り出す遺伝的多様性の増大が適応放散に不可欠となる場合があることが明らかになりました。また、雑種形成が適応放散を促進する効果は、親系統間の遺伝的分化が中程度である時に最大となることも分かりました。この研究は、雑種形成が適応放散を促進するという仮説の理論的妥当性を初めて確認すると共に、雑種形成を介した急速な進化をシミュレーションする枠組みの開発に成功しました。
雑種由来の系統が適応放散を繰り返す仕組みの解明
概要
これまでの研究から、雑種形成が適応放散を促進しうることが分かってきました。しかし、雑種形成による進化の促進効果が発揮されるのは雑種形成が起きた地点に限られ、その効力は短期間しか持続しないことが既存理論から予想されます。ところがこの予想に反して、実際の生物ではある時・ある場所で起きた雑種形成に由来する遺伝的多様性が、離れた場所・異なる年代に何度も適応放散した実例が見出されています。この理論と現実の食い違いを解決することを目的として、雑種形成を介した進化を様々な異なる地理的・環境的条件設定の下でシミュレーションしました。その結果、地形や環境条件が雑種由来系統内部における系統の一時的な分化と再融合を促進する場合に限り、雑種形成による適応放散の促進効果が長期間持続して広範囲へ伝播しうることが分かりました。その帰結として、一つの雑種由来系統が離れた地域・異なる年代において適応放散を何度も繰り返しうることが確認されました。この結果は、雑種形成という稀な現象がひとたび起きると、長期間・広範囲にまたがる大進化パターンにまで影響を及ぼしうることを示唆します。
論文:https://doi.org/10.1098/rspb.2020.0941
プレスリリース:https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/09/press20200930-04-zassyu.html
詳細な説明
雑種形成による進化可能性の増大は一過的な現象か?
これまでの研究から、雑種形成が別々の種に由来する遺伝子を混ぜ合わせることで進化可能性を増大させ、適応放散を促進しうることが分かってきました。この説を支持する有力な証拠が東アフリカのヴィクトリア湖周辺地域で多様化したシクリッド科魚類で見出されています。この地域ではシクリッド科に属する単一の系統がヴィクトリア湖、エドワード湖、アルバート湖、キヨガ湖、キヴ湖などの各地で適応放散して湖ごとに固有の種群を形成しています。ゲノムデータによる証拠から、これら別々の湖で起きた適応放散すべてが、約13万年前に祖先系統が経験したナイル川とコンゴ川に由来する種間の雑種形成に由来する遺伝的多様性によって促進されたことが示唆されました(Meier et al. 2017 Nat. Commun.)。
しかし、この実証研究の結果から新たに二つの疑問が生じます:
【疑問1】雑種形成由来の遺伝的多様性はいかにして離れた湖へと伝播したのか?
ヴィクトリア湖周辺地域にある湖は互いに数十~数百km離れており、魚が湖間を移動できる経路は川に限られています。したがって、雑種形成が集団内に生み出した遺伝子型の多様性が他の湖へと伝播するためには、多様な遺伝子型が川の環境内で何世代にも渡って維持される必要があります。しかし、川の環境は湖と比べて均質であり、雑種集団が遺伝的多様性を維持しながら川を越えることは困難だと考えられます。
【疑問2】雑種形成由来の遺伝的多様性はいかにして長期間維持されたのか?
大規模な適応放散が起きたヴィクトリア湖は水深が浅く、最終氷期の気候変動によって何度か完全に干上がったと考えられています。この歴史的経緯から、ヴィクトリア湖の適応放散が開始した時期は湖の再形成が最後に起きた約1万5千年前以降であると考えられ、雑種形成が起きた約13万年前からは10万年以上の隔たりがあります。したがって、雑種由来の遺伝的多様性が長期間に渡って維持されたことが示唆されます。しかし、集団遺伝学の理論からは雑種形成が生み出す極端に高い遺伝的多様性は遺伝的浮動や自然選択の作用によって時間が経つと失われることが予想されます。
系統の一時的な分岐と再融合が雑種系統における適応放散の繰り返しを可能にする
これらの疑問を解決するため、進化シミュレーションを用いて雑種形成が適応放散の繰り返しを導く仕組みと条件を調べました。様々な異なる地形・歴史・環境条件を想定した合計約15000回の進化シミュレーションの結果から、特定の条件が揃えば雑種形成が適応放散の繰り返しを促進しうることが分わかりました。そのカギとなる条件は、地形や環境条件が雑種集団を一時的に隔離された系統へと分岐させ、後にそれらの系統の再融合が起きることでした。雑種集団が隔離された系統に分岐すると、集団内の遺伝的多様性が系統間の遺伝的分化の形に変換されて永続的に維持されます。後にそれらの系統同士が別の地域で交雑すると、過去に離れた場所で起きた雑種形成に由来する遺伝的多様性がその地域で復活します。これによって、雑種形成に由来する高い進化可能性の長距離伝播が可能となり、適応放散の繰り返しが促進されうることが理論的に示されました。さらに、同様の仕組みによって遠い過去に起きた雑種形成に由来する遺伝的多様性の復活が可能となることが分かりました。これらの結果はシクリッドの進化を説明しうるだけでなく、雑種形成というレアイベントがひとたび起きるとその影響が長期間・広範囲にまたがる大進化パターンにまで波及しうることを示唆します。
